1995年1月17日早朝、阪神・淡路大震災。
その一年前に、アメリカ・ロサンゼルス大地震があった。ロサンゼルス大地震は、マグニチュード6.8・死者61人。私の記憶では、TVで日本の建築の専門家らしき人物が、ロサンゼルスの高速道路の倒壊している映像を見ながら、「日本の建築基準法は世界で一番厳しいから、こんな風に高速道路が倒壊することは考えられない・・・」というような事を言っていたのを記憶している。
私はその時、何の疑いもなく安心したのを覚えている。
そして一年後の同じ1月17日、阪神・淡路大震災が起こった。
当然、誰もその日にあの場所で、あんな大地震が起こるとは予測出来なかったであろう。だから今になって前述の専門家の意見をどうこうとか、誰も何も言えないし、意味も無いことだ。
問題なのは、それら「虚空の安心」を信じきった私だった。自分自身の中の、疑いもなく安心しきっていた自分を悔いた。
大倒壊した阪神高速と燃え盛る街。水の出ないホースを持ちながら何事か叫ぶ消防士。あっという間に倒壊した家屋、叫び声にサイレンの音・・・
何にも出来ない自分と、離れた所で起こっている現実。
現地が多少関係あるエリアだったけに、何もできない自分に正直「情けなかった」
大学の建築学科の試験や、建築士の試験は難しい。日本は地震国だから、厳しい試験を突破し経験を積んだ専門家が大勢いる。
立派な建設会社や住宅メーカーが林立している。
それなのに・・あまりにも脆い住宅の多さに、私には阪神の光景は異常なものに思えた。
理論だけでは説明出来ないのでは?まさか、建築行政の中で住宅というのは、後回しにされているのでは?と疑ってやまなかった。
最近、巷では「耐震偽装」の話も下火になったのか?静かになった。各種法律も結果、多少の改正となって落ち着きそうだ。
木造の筋交い不足で騒いだディベロッパーの話も、その後の顛末は年末に小さく新聞記事になっていただけだった。
ついこの間も新潟中越地震があったのに、震災の話題はいつぞや・・・新聞も何も大きく取り上げてはくれない。
しかし、私の脳裏からあの頃の出来事が離れることは無く、また1月17日を迎えた。
同じ建築などと、関係のある仕事をしていながら常に問い掛け、自問自答してしまう・・・「俺に何ができるか・・・しょせん・・・」
ただ、この12年でひとつ確信した事がある。「理論と実践・現実の安全と結び繋げる最後の砦は、人間が介在する事」だということだ。
理屈を超えた情熱で「人間が人間の住む家を創っていく」。重い仕事なのだという自覚をすれば、少しはマシな住宅が増やせるのかも?と、少ない脳味噌を日々絞っている。